「気」って、何?
長年治療の勉強をしてると、必ずぶち当たる「気」問題。
風水では地脈だの水脈だのに流れてると言われ、人体では経絡の中を流れてると言われます。
そう聞くと、なんか訳の分からない「エネルギー」みたいなものと感じちゃう。
そういう時は、別の角度からのアプローチ!
僕は人体の研究をしてるので、それを取っ掛りにしていきます。
東洋医学では、「経絡の中を流れてる」と言われ、滞ったところに「反応」が現れる…
また、オステオパシーではチャップマン反射、カイロプラクティックでは神経リンパ反射など、似たような考え方があります。
アナトミートレインという解剖学は、まさに経絡!というような考えが展開されています。
だから、やっぱりなにかあるんだとは思っていました。
で、僕も治療での触り方や力の加え方を訓練していく中で、「ナニコレ?経絡?」というものが触れるようになって、それが何か?を解剖学や人体の組織等を照らし合わせて研究してきたのですが…
結論、「筋膜(Fascia)」
「今のところ」の結論です。
研究を進めたら、変わるかもしれない。
「筋膜」と聞くと「筋肉を包んでるシート」と想像するのですが、顕微鏡的に見ると「網」です。しかも、立体的に筋肉内にも、皮膚・脂肪組織にも、果ては一つ一つの細胞膜にさえ繊維の枝が入り込んでいる。「スポンジ」のイメージが近いかもしれない。
その「膜」が筋肉の緊張や姿勢などで引っ張られている方向にピンッとした線状の張力を感じるところが「滞った反応」ではないか?と思います。
ピンッと張っていなければ、均一の柔らかさとして感じます。(←気が流れてる状態?)
体表面上では、主に経絡の走行に沿って感じるケースが多いです。
膜は人体のどこにも存在するものなので(というか、膜によって人体の形が保たれている)、筋肉の緊張として感じられることもあるし、皮膚が張っているように感じられることもある。
人体の深い部分では、かなり複雑に感じられるんですが、体表面上で感じられる反応は、「経絡」に沿って感じる事が多いです。
となると、「気」って「何かの物質」を指しているんじゃなくて、「気が滞ってる」という文章で「適度な自由度で動かないと不具合が生じる物体が動いていない」という意味になるのでは!?
そうして考えてみると、風水って
「こんな場所に窪みを作ると、空気が渦巻いて入れ替わらなくなるよ」とか、「こんなところに建物立てると地下水が堰き止められちゃうよ」とか…
そういうことを研究している学問なのかな?
「気」に対して「訳のわからないエネルギー」を持ち出さなくても説明出来ちゃう。
「気」って、特定の何かを指してない!
結局、「気」って「適切に動いてなきゃ不都合な物」全般を指していると考えると、腑に落ちる事が多いように感じます。
人体では繋がりあっている組織(膜)、風水では気流や水流…
特定の1つの物体ではないと考える方が自然なように思えます。
現代人には理解が難しい?
これって、色々な言葉が分化した現代人にはなかなか理解が難しいかもしれない。
平安時代?鎌倉時代?とにかく大昔には色って「赤」「黒」「緑」しか無かったという話も聞いたことがあるし、とにかく言葉の進化って、物事をより細かく分けて名前をつけてきたような感じがします。
「水」と「お湯」、「川」と「海」…
実際には境界線なんか無いのに…人間が勝手に線を引いてるだけ。
そうして進化してきた現代人は「気」なんて聞くと「モヤっとした何か解らないもの」とか「自然のエネルギー」だとか考えちゃうんでしょうけど、「特定した物ではない」と考えると、すんなり受け入れられるように感じます。
怒られるかな?
こんなこと言うと「気はエネルギーだ!」と言ってる何処かの偉い人に怒られるんだろうな…
正直、そういう歴史ある組織ってめんどくさいです。
何か意見がある方は、ぜひコメント下さい。
参考にすべき事柄でしたら参考にさせていただきたいですし、めんどくさそうなコメントなら無視します(笑)
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